スピン・エレクトロニクスグループ
マグノニクス

ナノ構造磁性材料や磁気現象などのスピン工学分野を中核にして、光や高周波電磁界、超音波や熱、電子伝導などとの協調現象を巧みに利用した基礎から応用にわたる研究を行っています。

スピン波回路

概要

豊橋技術科学大学のスピン・エレクトロニクス グループは,慶應義塾大学理工学部の関口 康爾 専任講師,モスクワ大学のグラノフスキー教授、マサチューセッツ工科大学のロス教授らと,共同で,磁性絶縁体中を伝わる磁石のつくる波(スピン波)を使った新しい演算素子を開発しています。

これまでの研究でスピン波位相干渉器を使うと、波の重ね合わせ(位相干渉)で強めあった状態と弱めあった状態を、ほとんど発熱がなく実現できることが実証されており、電子機器の飛躍的な性能向上と省電力化への応用が期待されていました。しかし信号のエネルギー損失が大きく実用化の障害となっていました。そこで,本研究グループはこれまで使われてきたパーマロイ合金(FeNi)に代えて、磁性絶縁体(磁性ガーネット)を使い、両端に金の膜を形成する構造を作製した結果、伝播損失が100分の1で、反射によるノイズのない、世界最高性能の位相干渉を使った素子(位相干渉器)の開発に成功しました。

この技術によって、従来の半導体回路では達成できなかった低消費電力で飛躍的な処理機能をもつデバイスの開発が期待されます。

はじめに

高度情報化社会ではコンピューターなどの高機能化に伴い、素子の発熱対策の問題が大きくなってきています。電磁情報機器の発熱は、エネルギー問題だけではなく、小型化や高性能化にも影響し、社会に大きなプレークスルーを起こすために解決すべき重要な課題のひとつとなっています。

発熱は電気が流れることで起こるため、電流の流れのない(電子の移動を伴わない)情報キャリアを使うことに注目が集まっています。その中でも磁石がつくる波であるスピン波は、小型化が可能であることや複数の情報を一度に扱えるなどの利点があり、その実用化が期待されています。

2013年に関口専任講師らは、磁性金属であるパーマロイ合金をスピン波伝播媒体として用いることで、世界で初めてスピン波の重ね合わせを利用した論理演算素子の動作を実証しました。これはスピン波を用いた超低消費電力で動作する論理演算素子への道を作った重要な成果です。この実用化に際しては、パーマロイ合金よりもスピン波伝播の際のエネルギー損失が100分の1以下となる磁性絶縁体を用いた論理演算素子の実現が求められていました。電気を流すパーマロイ合金では電流としてエネルギーが消耗されるためスピン波が減衰しますが、絶縁体では電気が流れないためスピン波の減衰が少なくなります。この磁性絶縁体は、スピン波の減衰が小さく長距離を伝えられる反面、端の部分まで行って反射された波も減衰をせずに戻ってくるため、重ね合わせによって波が乱される問題があり論理演算子の実現の課題となっていました。

これまでの研究成果

スピン・エレクトロニクス グループでは磁性絶縁体(イットリウム鉄ガーネット)膜を用いた場合でも余分なスピン波が重ねあわせを邪魔しない構造を考案しました。今回の研究では、その構造を基に、スピン波重ねあわせを利用した三端子の論理演算素子を作製し、その動作を実証しました。パーマロイ合金の代わりに磁性絶縁体を使った場合のスピン波の伝播の様子を模式的に示したのが下図(b)です。磁性絶縁体を線状に加工し、その両端から金属配線によってスピン波を起こして中央でスピン波を位相干渉させ、中央の金属配線によって電気信号として読み取るものです。パーマロイ合金に比べて出力は大きくなりますが、媒体端部でスピン波は反射し、位相干渉が乱れてしまいます。そこで、媒体端部にスピン波を吸収する性質のある金の膜を形成しました(下図(c))。この工夫により媒体端部でのスピン波反射が抑制され、整ったスピン波の重ね合わせが実現できました。

媒体の違いが及ぼすスピン波への影響。媒体の違いによるスピン波の伝搬の違い。磁性金属(a)の中を伝わるスピン波は、エネルギー損失が大きく伝わるスピン波が弱くなってしまう。エネルギー損失の少ない磁性絶縁体を用いた場合であっても、金膜のない(b)では磁性絶縁体の端の部分で反射するため余分な波ができてしまい、重ねあわせが乱れてしまう。一方金膜をつけた(c)では端の部分での反射が抑えられて波の重ね合わせが乱されない。

余分なスピン波がある状態では、信号のばらつきのためオン状態(重ねあわせで強めあう状態)とオフ状態(重ねあわせで弱めあう状態)が重なることもあります(下図)。そのためデバイスとして、動作不良や間違った結果を出力することになります。すなわち、整ったスピン波を作ることはデバイス実証に必須であることを示しています。

一方、金膜をつけたときの論理演算素子の動作は重ねあわせを乱す余分な波がなくなり、重ねあわせがきれいに行われます。

2つの入力信号を重ね合わせて,磁場の強度を電気信号に変えて測定した結果。金膜を用いていない場合(a)と金膜を用いた場合(b)でのオン状態(重ねあわせで強めあう状態)とオフ状態(重ねあわせで弱めあう状態)の強度の違い。金膜を用いていない(a)の場合は反射などで起こる余分な波のために重ねあわせが乱され、オン状態とオフ状態が重なってしまうところもあり、論理演算素子として機能できない。一方金膜を用いた(b)の場合は余分な波を除去しているため重ねあわせがきれいに起こってオン状態とオフ状態を完全に区別することができる。

さらに、今までの技術では磁性金属であるパーマロイ合金を使っていたため、一方向にのみ伝播しますが、磁性絶縁体ではこの制約はなく、あらゆる方向に伝播させることができます。これは、図3のような、複雑でより実用に近いデバイス設計を可能にします。直線上の配線だけではなく、斜めや直角、曲線といったスピン波の配線が可能になり、デバイスの小型化や、多入出力素子の発想が拡大します。

磁性絶縁体を使うことで期待される多様なスピン波素子構造

これからの研究

今後は,多機能化を行います。ロジック素子の実証や,簡単な計算処理のできる機能をスピン波で実現し,世界で初めての研究成果を積み上げる予定です。そして,工学的に興味深いのは,イットリウム鉄ガーネットの厚さを薄くすることによる,スピン波回路の集積化です。磁性酸化物の厚さが,ナノメートルスケールになると,イットリウム鉄ガーネットの場合は,縦に分子が数10層程度しか積まれておらず,ミクロな現象が,デバイスとして新機能をもたらすことが,期待できます。

関連する発行済論文

Naoki Kanazawa, Taichi Goto, Koji Sekiguchi, Alexander B. Granovsky, Caroline A. Ross, Hiroyuki Takagi, Yuichi Nakamura and Mitsuteru Inoue, "Demonstration of a robust magnonic spin wave interferometer", Sci. Rep., 6, 30268 (2016/07/22).